頓阿・西行・康頼供養塔

 本堂西側に位置するささやかな3塔は、向かって左から、頓阿法師、西行法師、平 康頼の供養塔です。いずれも当寺にゆかりの深い人物であるところから、好事家によって建てられたものなのでしょう。

 かつて境内には、頓阿法師、平 康頼の墓があったとされていますが、場所は定かではありません。


平 康頼(12世紀後半~13世紀前半)◇

 治承元年(1177)、平家打倒を企てて失敗し、少将藤原成経、法勝寺執事俊寛と共に鬼界が島に流された。翌年、赦免され帰洛し、雙林寺山荘(現在の東大谷祖廟のあたりと推定される)に隠棲した。宝物集は、晩年、そこで著された。

 「康頼入道は東山双林寺にわが山荘ありければ、それに落ちついて先おもひつづけけり。 ~ふる里の軒の板間に苔むして おもひしほどは漏らぬ月かな~

 やがてそこに籠居して、うかりし昔を思ひつづけ、宝物集という物語を書けるとぞ聞こえし」(平家物語巻三・将都帰)


頓阿法師(1289~1372)◇

 南北朝時代の和歌四天王の一人にして僧侶。西行法師を慕いこの地を訪れ、草庵を結ぶ。これにちなんで名づけられた「草庵集」は有名。西行の忌日には桜の花を仏前に供え回向したという。

 「西行上人住み侍ける双林寺といふ所に庵を結びてよめる」

  ~跡しめて見ぬ世の春をしのぶかな その如月の花の下陰~

(草庵集巻九、雑歌)