楠大弁財天

 ここにお祀りする楠大弁財尊天は、京都市縄手通り三条下がる東入る芳田亀吉氏の信仰されていた弁財天です。
 寺伝によると南北両朝時代、新田義貞の軍兵が当寺に駐屯していたとき、足利尊氏軍の攻撃に遭い全山が焼尽してしまいました。また、応仁の乱においても、再び雙林寺は焼失してしまいます。しかし、この楠樹だけは、その二度にもわたる大火災から不思議にも難を逃れました。
 その戦禍を奇跡的に逃れた楠樹も、老齢になったため、枯れ死を助け風致を保存するために、昭和2年5月、信仰する有志が、周囲を石垣で囲み御神木として、この弁財天を安置することにしました。長寿幸福の樹齢は私たちに健康と長寿を与えるとともに、弁財天の豊かなご利益を十方に施していただけることになります。

昭和2年11月7日午前1時遷座
昭和2年11月7日午前1時遷座

 その後、鳥居などが取り壊され無残な姿となり、お社だけがひっそりとおまつりされていましたところ、弁財天を信仰する平成有志の方々により再興されることになり、平成16年6月19日(己巳)に新たなご神体が奉安されました。

 それに伴い厳かに開眼法要が営まれました。開眼法要というのは、仏さまの魂をお招きし、そのお像に宿っていただく法要のことです。